バーミヤン渓谷の文化的景観と古代遺跡群
バーミヤン渓谷の文化的景観と古代遺跡群とは、バーミヤン渓谷(バーミヤーン渓谷)にある古代遺跡群で、ユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されています。古代から存続する都市バーミヤーンの近郊には、1世紀からバクトリアによって石窟仏教寺院が開削され始めたといわれます。
バーミヤン渓谷の文化的景観と古代遺跡群とは、バーミヤン渓谷(バーミヤーン渓谷)にある古代遺跡群で、ユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されています。古代から存続する都市バーミヤーンの近郊には、1世紀からバクトリアによって石窟仏教寺院が開削され始めたといわれます。
世界第一のミナレットはインドのクトゥプ・ミナール(72.5メートル)です。世界遺産登録以前に、政変や内戦などにより遺跡の損傷が激しく、2002年に文化遺産として登録されるだけでなく、同時に危機遺産としても登録されました。
古都ザビードはイエメンの首都サナアの南西160q、紅海に近いワジ川の川岸に位置しています。アラビア初の大学〔アル・アシェル大学の前身〕を建設し13世紀から15世紀にかけて、イエメン王国の首都であり、また、カイロにも教師を派遣しアラブ、イスラーム世界において名声をはせたザビード大学もありました。
一般に「砂漠の摩天楼」とも「砂漠のマンハッタン」とも言われます。というのも、地上30メートルにもおよび、そのすべてが6〜7階建ての高層ビルが密集して建てられているからです。高層ビルのほとんどはもとが作られたのは、500年以上も前とされています。
サナア旧市街とは、アラビア半島南西にあるイエメンの首都であるサナア(サヌア)に残る旧市街地のことで、世界遺産に登録されています。サナアでは、膨らむ人口を城壁の中に詰め込むために建物を高くしていきましたが、高いものは、7階にも及びます。
マサダは、古代イスラエルの歴史家であるフラウィウス・ヨセフスの『ユダヤ戦記』によると紀元後70年にエルサレムがローマ軍の手により陥落した後、967人のユダヤ人がマサダに立て籠もりましたが、ローマ軍は15000人もの兵士でマサダを包囲し、紀元後73年に陥落したといわれています。
イスラエルの首都イスラエルの西側地中海に面する地域に位置するテルアビブ都市圏はイスラエル最大の都市で、同国の人口(約600万)のおよそ3分の1が集中している。
そして紀元前16世紀にはフェニキア時代に港湾都市として建設され、繁栄していたといわれています。 5世紀にはアルタクセルクセス王のエジプト遠征の基地でありましたが、後にビザンチン帝国、十字軍、イスラム教徒、オスマン帝国に支配されるという歴史があります。
ネゲヴ(Negev)はイスラエルの南部地方を指します。 香料の道は紀元前3〜後2世紀にかけ、古代ナバタイ人が地中海沿岸の富裕階級の人々が求めた乳香や没薬を運ぶ際に通過した、ネゲヴ砂漠上の交易路です。(聖書にもこの「ネゲヴの洪水」を扱ったものがあります。)
聖書時代の遺丘群−メギッド、ハツォール、ベエル・シェバ (Biblical Tels - Megiddo, Hazor, Beer Sheba)メギドは、イスラエル北部、エズレル平原の西端に位 置する遺跡丘(テル)。
アッシュールがメソポタミア諸都市の中でも、少し変わっているのは、「都市アッシュール」と、それを中心とした地域である「アッシュールの地」と、それらを守護する「アッシュール神」が全く同一の名前である点である、ということです。
ハトラは、別名『神の家』とも呼ばれ、紀元前3世紀頃から紀元後3世紀半ばまでパルティア王国内の半独立国アラビア王国の首都して栄えた都市で、今でも当時を彷彿とさせる建造物が多く残されている古代都市遺跡です。
ソルターニーエとは、イラン北西部に位置するザンジャーン州(Zanjan province)の文化遺産です。ソルターニーエは、ペルシャ建築とともにイスラム建築物の重要な遺産の一つです。
タハテ・スレマーンに意味ですが、「ソロモンの玉座」を意味しています。しかし、ソロモン王の時代からとうのはかなり時代が古いといわざるを得ません。
イマーム広場は、かつて「メイダーニ・シャー」(王の広場)と呼ばれていましたが、正式名称は「メイダーニ・ナクシ・ギャハン」(世界の肖像の広場)と呼ばれていました。
古代都市チョーガ・ザンビルは、イランの首都テヘランから南西におよそ450キロ先のフーゼスターン州に位置する遺跡です。
近代都市バムの近郊にあります。「アルゲ・バム」とは「バムの城」の意味です。さらに2003年12月26日のインド・スマトラ大震災で大きく損傷を受け、2004年ユネスコ世界遺産の文化遺産・危機遺産として登録されました。
パサルガダエは紀元前546年頃キュロス大王によって開かれたアケメネス朝最初の首都、つまりペルシャ帝国発祥の地です。パサルガダエは世界最古の大帝国アケメネス朝ペルシャの最初の都でもあります。
アレクサンドロス大王にペルセポリス攻略の際に、12万タラントン3の黄金を手に入れているからも、朝最末期においてもペルセポリスが重要な都市であったことを物語っています。
そして、アケメネス朝のダレイオス1世が、楔形文字をレリーフさせた巨大な磨崖碑がビソトゥーン碑文です。ビソトゥーン碑文は、アケメネス朝の記念碑文として貴重な文化遺産となっています。
チャンパネール-パーヴァガドゥ遺跡公園はインドの西部にあるグジャラート州のチャンパネール村にある非常に多くの考古遺跡が密集する地域です。
ナンダ・デヴィ国立公園及び花の谷国立公園は、インド北部、ウッタル・プラデシュ州、中国およびネパールの国境付近にあり、首都ニューデリーの北東約330Kmに位置しています。 1988年に世界遺産登録されて、その後2005年に拡張登録されています。
マナス野生生物保護区は、インド北東部に位置するアッサム州にある自然遺産です。マナス野生生物保護区は、絶滅危機にある虎、インドサイ、インド象、などが生息し、コビトイノシシの個体群が生息する世界唯一の場所でもあります。
ヒンドゥー教寺院は第13窟から第29窟までの17窟、北端に位置する第30窟から第34窟までの5窟がジャイナ教の寺院となっています。
この地に遺跡として残るヒンドゥー教の寺院群は、南インド洋式と北インド洋式とが混在していて、現在は9つ残っています。 北インド洋式の代表的な寺院は、ガラガナータ寺院とパーパナータ寺院で、砲弾形です。
そのガンジス川とブラマプトラ川の合流する河口付近に堆積した土砂によって形成された、デルタ地帯は世界最大を誇っています。
アジャンタ石窟群とは、インド最古の仏教石窟寺院群です。もうひとつは、平地にレンガや木材で建てた僧院ヴィハーラを石窟におきかえたヴィハーラ窟で、チャイティヤ窟以外はすべてこのヴィハーラ窟になります。
アーグラ城塞はインドのウッタル・プラデーシュ州に属する最大の都市アーグラにあり、デリーの南東約180キロメートル、ジャイプルの東約220キロメートル、ラクナウーから西に約300キロメートルに位置する赤砂岩の城塞で、1983年にユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されました。
ファテープル・シクリーは,インド北部アグラの西約40キロ先のシクリ村にあります。最大の建造物は,東西168メートル南北143メートルのイスラム寺院ジャーマ・マスジット・モスクです。
インドの山岳鉄道群は、2007年現在も運行されているインドの山岳鉄道のうち、1999年に世界遺産に登録されたダージリン・ヒマラヤ鉄道と2005年に登録されたニルギリ山岳鉄道の2つの鉄道のことです。
タージ・マハルはインド=イスラーム文化の代表的建築ですが、ムガル帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンが、愛妃ムムターズ・マハルの死(1630年)を悼んで建設したとされる逸話は大変有名です。シャー・ジャハーンは死後、タージ・マハルの妃ムムターズ・マハルの横に眠っています。
釈尊滅後およそ100年の頃である、紀元前268年頃 〜 紀元前232年にマウリヤ朝の第3代の王であるアショーカ王は、古代インドにあって仏教を守護した大王として知られています。
チャトラパティ・シヴァージー・ターミナス駅(旧名ヴィクトリア・ターミナス)は建築家フレデリック・ウィリアム・スティーヴンスによって設計され、完成までに10年の歳月が掛かりました。
マハーバリプラムの建築が石窟寺院から石彫寺院、石造寺院へと変化していった中で、この海岸寺院が石造寺院の最初のものと言われている。
エレファンタ石窟群は、中インドのマハーラーシュトラ州、ムンバイ (ボンベイ) の北北東約10kmの沖にあるアラビア海に浮かぶ周囲わずか 7キロメートルの小さな島、エレファンタ島にあります。このエレファンタ島に、岩山を掘ったヒンドゥー教の石窟寺院が残されています。
モスク周辺に建てたイレトゥミシュ廟、アラーイ門などのイスラム建造物群は、1993年、世界遺産に登録(登録名:デリーのクトゥブ・ミナールとその建造物群)されました。
「太陽のあるところ」を意味するこの地に、太陽神を祀るヒンドゥー教のスールヤ寺院があります。オリッサ地方に建つヒンディ寺院は「オリッサ様式」で建てられています。
カジランガ国立公園とは、インド北東部のアッサム州(State of Assam)のほぼ中央部に位置する自然遺産です。一角サイの保護区であるカジランガ国立公園には、約1,500頭が生息していますが、かつての密猟や乱獲により激減してしまいました。
デリーのフマユーン廟は、急逝したムガル帝国フマユーン帝のため、妃ハージ・ベグムがおよそ9年をかけて建設した墓廟で、完成は1565年です。
ケオラデオ国立公園は、19世紀から人手によって水門や水路などが整えられた人工の湿地帯で、約364種の野鳥が観測されたアジア最大級の野鳥保護区となっています。
ビンベットカのロック・シェルター群は5つの岩塊に約400ものロック・シェルター群(岩窟)があり、一万年以上前の旧石器時代から有史時代の岩窟住居群といわれています。
ハンピには,マンタバ(拝堂),ラタ(山車)と石柱が印象的なヴィッタラ寺院や、現在も巡礼者が訪れるヴィルパクシャ寺院など、40以上の寺院が点在しています。
チョーラ朝は、南インドを支配したタミル系のヒンドゥー王朝のことです。 1987年に世界遺産登録されて、その後2004年に拡張登録されています。
ブッダガヤの大菩提寺(マハーボーディー寺)には本堂が高さ52メートルの大塔と、ブッダ(釈迦)が成道(悟りを開いた時)したときに座っていた金剛宝座と、成道したときにその陰にいたブッダ(釈迦)の菩提樹(ピパラの樹)、沐浴の蓮池などが残されており、世界でも有数の宗教である仏教生誕の地として八大聖地の一つと言われています。
当初100近くあったヒンドゥー教寺院は,イスラム教徒によって破壊されてしまい,現在残っている寺院は,4分の1以下です。
日本にも布教に来たフランシスコ・ザビエルは、ゴア→日本→中国と布教活動を続けました。聖フランシスコ教会や聖パウロ修道院などキリスト教布教活動の跡の残されています。
メガントロプス、ジャワ原人、ホモ・エレクトゥスなどの初期人類の化石が多数見つかっており、その数は世界で発掘された化石の半数に相当します。
プランバナン寺院はカンボジアのアンコ−ル・ワットと並ぶ、東南アジア最大のヒンドゥ−教寺院です。プランバナン寺院はサンジャヤ王朝によって856年に建てられました。それはボロブドゥ−ル寺院です。
グヌン・ルセル国立公園(Gunung Leuser National Park)、ケリンチ・セブラ国立公園(Kerinci Seblat National Park)、ブキット・バリサン・セラタン国立公園(Bukit Barisan Selatan National Park)が世界遺産に含まれています。
ボロブドゥル寺院遺跡群は、8世紀後半から9世紀前半にかけてシャインドラ王朝により建てられたといわれている密林の中にそびえる巨大な仏教寺院遺跡群です。
コモド国立公園はインドネシアの小スンダ列島のコモド島のほか、スンバワ島、フローレス島を含む総面積2200kuの面積を有する国立公園です。世界最大のトカゲであるコモドオオトカゲが棲息していることで有名でもあります。
ウジュン・クロン国立公園とは、1991年、クラカタウ諸島自然保護区とともにユネスコの世界遺産(自然遺産)に登録されたインドネシアにある国立公園の一つです。インドネシア初の国立公園です。
ロレンツ国立公園Lorentz National Parkはインドネシアのイリアンジャヤ州(ニューギニア島西部)に位置する国立公園です。面積250万ヘクタールもの広大な東南アジア最大の保護区。
フエの建造物群は、1802年に国内統一されたのを機にザロン帝こと阮福暎(グエン・フク・アイン)により建てられたベトナム最後の王朝グエン朝(阮朝)の首都して1945年まで繁栄した古都フエの中にある建造物群で、遺産規模は520kmにも及んでいます。フエの建造物群は、ヴェトナム中部、ダナン北西100kmに位置しています。
貿易都市としての歴史は古く、チャンパ王国時代には中国・インド・アラブを結ぶ中継地として、アジアでも活気のある中継貿易港として栄えました。
その後、中央アジアの要衝として栄え、13世紀モンゴル帝国の支配を経て、14世紀後半ティムール帝国(首都サマルカンド)が成立しました。
イチャン・カラは、ウズベキスタンの首都タシケントから西へおよそ750キロ、飛行機で約二時間の行程である、ヒヴァ(ホラズム州)にあります。この旧市街イチャンカラが世界遺産の対象区域となっています。
ティムールはシャフリサブスを自らの故郷と考え、ここに自らの墓を建設することを計画したりもしたが、ティムール朝の時代、シャフリサブスは、徐々に帝国の中心の地位をサマルカンドに譲ることとなったのです。
◆バラ・ハウズ・モスク:バラ・ハウズ・モスクは、1712年に造られたモスクです、このモスクの最大の特徴は他のモスクと違って、柱や天井が木造であるということです。 バラ・ハウズ・モスクは、現在も現役のモスクとして使われています。
エルサレムの旧市街とその城壁群は、東エルサレムに位置しています。エルサレムは、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教といった世界三大宗教の聖地として知られています。
バハラ城塞(バフラ城塞)は、オマーン国の首都マスカット南西208kmに位置するアフダル山地山麓付近の砂漠エリアにあるオアシス都市です。
フランキンセンスの国土は3つの遺跡からなっています。これらは皆、砂漠にあり、フランキンセンスの木が生えている地域です。ここはサララハの郊外にあるサララハ博物館があるからです。
このアラビアオリックスの保護区は、野生種が絶滅したアラビアオリックス(ウシ科のレイヨウの一種)を野生に近い状態で保護・育成することを目的とした保護区として自然遺産に登録されました。(2007年登録抹消)
バット、アル-フトゥム、アル-アインの古代遺跡群とは、オマーン北部に位置するアフダル山地に点在している、青銅器時代の集落跡のことです。バット、アル・フトゥム、アル・アインの各村の考古遺跡は世界遺産に登録されています。バット遺跡はとにかく広大です。
アラビア半島の海洋国、オマーン。正式の国名は、オマーン・スルタン国といいます。オマーン国内には現在でも灌漑用水路は3000ヶ所以上あります。灌漑用水路のこのシステムの起源は西暦500年にさかのぼるかもしれません。
ホンジャ・アフメッド・ヤサウイ廟(ホージャ・アフマド・ヤサヴィー廟/コジャ・アフメド・ヤウィ廟)は、ティムール帝国の最大規模で保存状態が素晴らしい建造物のひとつで、トルキスタンという中央アジア地域にあります。
世界遺産には、他にも岩絵群が登録されています。登録されている岩絵は、他にノルウェーのアルタ岩絵群・スウェーデンのターヌムの岩絵・イタリアのヴァルカモニカの岩絵群・メキシコのサンフランシスコ山地の岩絵等があります。
仏教美術の宝庫として著名な南山地区、王朝の宮闕跡である月城地区、新羅王をはじめとした古墳群分布地域、新羅仏教の中核をなす皇龍寺跡地区、王京防御施設である山城地区に区分されている。
韓国の世界遺産である宗廟(チョンミョ)は、首都ソウルにあります。世宗の前の王である太宗(1367-1422)が、王位を退き、その余生が安穏に送れるようにと建てた寿康宮から宗廟の歴史は始まります。
石窟庵と仏国寺は,韓国の慶州市の南にある文化遺産です。石窟庵(ソクラム)は、8世紀に仏教信仰の聖地である吐含山(トハムサン)の頂上に建築さました。
北方式と南方式が混在する支石墓群です。一番南に位置する和順の支石墓群は、全羅南道和順郡にあり、約500基の支石墓が分布する南方式です。
1405年に正宮の景福宮に対する、離宮として建築されました。 昌徳宮(チャンドックン)は1405年に、正宮である景福宮(キョンボックン)の離宮として建てられた宮殿です。 昌徳宮の正門である敦化門は大韓民国最古の門といわれています。
東西南北四方向に城門があり、北門が長安門、南門は八達門、東側の蒼龍門、西側には華西門があります。水原華城は1963年1月に韓国の史跡第3号に指定され、1997年12月には昌徳宮とともにユネスコ世界文化遺産に登録されました。
この海印寺(???全部で81,258枚の経版を数えたために「八萬大蔵経」といわれ、また、江華島にあったが朝鮮の太祖以後海印寺に保管されたために「海印寺大蔵経」ともい割れます。
アンコール遺跡とは、9〜15世紀に繁栄したクメール王朝時代の壮大な遺跡群のことです。アンコールワットとはクメール語で「寺院のある町」という意味を持ちます。
高句麗(コグリョ)古墳群は、高句麗(コグリョ/こうくり)王国末期に作られた王、王族、貴族の古墳が、平壌市、南浦市、平安南道、黄海南道の広いエリアに63基も分布された朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の自然遺産で、北朝鮮として最初の世界遺産登録されました。
シンハラジャ森林保護区のシンハラジャとは、「ライオンの王」を意味します。スリランカ固有の植物830種のうち、この保護区だけで約500種が見られます。シンハラジャ森林保護区に行くには、日本から直行便が週に3便あります。
ポロンナルワの遺跡地区は、宮殿や寺院などといった様々な遺跡によって構成されています。また、ガル・ヴィハーラ寺院にはポロンナルワ独特の様式で作られたブッダの坐像、立像、涅槃仏の3体の石像があります。
ライオンロックと呼ばれる岩山の中腹にあるシギリヤ・ロックの壁面に有名なシギリヤ・レディと呼ばれる壁画があります。
シンハラ朝最後の都キャンディ。キャンディ王ウィマラ・ダルマ・スリヤ1世(King Dharma Suriya T)が寺院を建立し、現在寺院に残っている部分は3世代後のナーランドラ・シンハ王(King Narendra Shinha)が増築したものです。
聖地アヌラーダプラは、スリランカ民主社会主義共和国の最古の首都で、古代シンハラ王朝の都としても栄えたスリランカ中北部の町です。
16世紀から20世紀半ばまで、ヨーロッパ諸国の植民地支配の拠点がおかれました最初に侵入してきたポルトガル人によって16世紀に設立され、イギリス人による植民地化の前の18世紀に、開発のほとんどを終えました。
ダンブッラ黄金寺院は、5つの石窟からなる石窟寺院で、平原の中の高さ約180mの高台にあります。ダンブッラの黄金寺院はスリランカ最大で最も保存状態の良いの石窟寺院です。
ここに生息するゾウ、トラ、ヒョウをはじめイノシシ、サル、シカなど東南アジアの哺乳類の1/3以上が生息しているが密猟者の横行により絶滅の危機に瀕している動物も多い。
アユタヤ王朝と聞いてもピンと来なかった人も、「シャム」や「山田長政」「日本人町」と聞くと、イメージがつかめるのではないでしょうか?
ドンパヤーイェン-カオヤイ森林地帯はタイバンコク北東部に広がる森林地帯です。 ドンパヤーイェン-カオヤイ森林地帯は、サラブリー県東部からナコーンナーヨック県、プラーチーンブリー県、サケーオ県北部、およびナコーンラーチャシーマー県、ブリーラム県南部をまたいでカンボジア国境まで広がる広大な森林地帯で、カンチャナブリー県、ターク県などに広がる西部森林地帯に対して東部森林地帯と呼ばれることもあります。
バン・チアンの古代遺跡から出土した様々な物品を日本の奈良大学で発掘物の炭素検査を行った結果、バン・チアンの古代遺跡は紀元前3000〜2000年前のものと推測されています。ただ、バン・チアンの古代遺跡の存在が明らかになったのが近年であり、古代の住民についてはまだ特定されていません。
古代都市スコタイ(スコータイ)と周辺の古代都市群は、寝そべった仏像のあるカムペーンペット歴史公園、大きな仏像の横にある小窓から仏像が持つ別の表情をみることができるスコタイ(スコータイ)仏があるワット・シーチュムやワット・サシーがあるスコタイ(スコータイ)歴史公園、シーサッチャナーライ歴史公園という3つのタイ政府指定の歴史公園が含まれています。
このほかのは絶滅危惧種として指定されいるものには、レッサーパンダ、ユキヒョウおよびウンピョウがあり、絶滅危惧種の重要な保護地域でもあります。
雲崗石窟(ユンガンシークー)は中国(中華人民共和国)の首都北京から西へ約500キロメートル、山西省北部、大同市の西約16キロメートルの内蒙古自治区との省境近くにある武周山南麓の砂岩の断崖に、東西約1キロメートルにわたって仏像が彫られた大石窟群で、2001年にユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されました。
武陵源(ウーリンユアン)の自然景観および歴史地区は,中国湘南省の北西で四川省との境にある武陵山脈の南側にある山岳地帯です。
建設当時は天地壇と呼ばれていましたが、1534年、天壇と地壇に分離され、ここは天壇と呼ばれるようになりました。天壇は、皇帝が天を祭るための儀式を執り行う場所です。
廬山は別名、匡山または匡廬といわれ、北は長江に面していて、長さ約25キロ、幅約20キロで、山の峰の大部分は海抜1000メートル以上で、主峰の漢陽峰は海抜1474メートルあります。
また武当山は、「玄天真武大帝」を奉る道教武当派と中国武術の武当拳の発祥地でもあり、道士達はこの山で道教の修行のみならず、武当拳の修行にも励んだ場所でもありました。
マカオは香港と同じように、ポルトガルのアジア進出の拠点として16世紀来、ポルトガルの文化が数多く残されています。主要な毛歴史的建造物は大航海時代(16世紀)に建造されました。
動物種791種のうち中国固有の種が198種、植物は中国固有種の2700種を含む約6000種が生息していると言われています。
この広大な敷地におよそ9000もの建造物群を有しています。明・清代の二大王朝を通じ、明代14人・清代10人の計24人の皇帝の居所となり、491年間に渡り皇帝はここから中国を統治しました。
大王峰、玉女峰、天遊峰、接筍峰、小桃源、水廉洞、流香洞、一線天、白雲岩、双獅戯球(マリとたわむれる二匹のライオン)、霊芝石、童子拝観音(観音菩薩を拝するわらべ)、水亀石、天柱峰、更衣台、玉女峰など36もの峰の美しい景色を楽しめます。
龍門(ロンメン)石窟は中国(中華人民共和国)の河南省洛陽市から南に約12キロメートルの位置にあり、石窟約2000カ所、石像約10万体、石碑3600個あまり、仏塔約40個が点在している中国古代歴史と芸術の貴重な文化財を擁する中国三大石窟の一つであり、2000年にユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されました。
蘇州古典園林は、中華人民共和国江蘇省東南部、蘇州にある庭園の総称です。登録された庭園は、拙政園・留園・網師園・環秀山庄・退思園・獅子林・滄浪亭・藕園・藝園です。
九寨溝(チウチャイゴウ)の渓谷の景観と歴史地域は、中国四川省の北部に位置する自然遺産です。しかし九寨溝の名物と言えば、独特の景観を見せる彩池群です。九寨溝の五花海(ごかかい)は、中国屈指の人気観光地となっています。
泰山(タイシャン)は,中国山東省泰安市にある山で、山東省の済南市,泰安市,歴城県,長清県にまたがっています。中国の五大名山であり、泰山は、衡山,恒山,嵩山,華山の長です。
河北省の清の東陵は清時代の順治18年に建設され、皇帝、皇后、妃王女など14の陵墓があり5人の皇帝(順治帝の孝陵、2代目の康煕帝の景陵、4代目の乾隆帝の裕陵、 7代目の咸豊帝の定陵、8代目の同治帝の恵陵)、15人の皇后(孝荘、孝恵、孝貞(慈安)、孝欽(西太后慈喜)など)、136人の妃王女(景妃、景双妃、裕妃、定妃、恵妃など)が埋葬されています。
曲阜の孔子邸,孔子廟,孔子林は,中国山東省の曲阜市にあります。曲阜の孔子邸,孔子廟,孔子林は,「三孔」とも総称されています。
中でも規模が大きく芸術性の高さで北山と宝頂山は大足石刻(ダァズシク)の双璧であり、釈迦仏、阿弥陀仏、薬師仏、地蔵菩薩、観音菩薩、文殊菩薩、毘沙門天王像龕、数珠手観音像、玉印観音、如意珠観音、普賢菩薩、日月観音、金剛力士像などはまるで生きているかのような表情を見せているものもあります。
日本語では、「こうりゅう」と呼ばれる、黄龍風景区です。代表的な黄竜の五彩池(ごさいち)は、標高3552mにある最大規模の彩池群で、約700個近い棚田のような池が連なっています。
平遥古城は中国山西省平遥市の古い町で、省都・太原市から南西へ60キロあたりに位置しています。西安や興城などに城壁都市の面影が残っていますが、平遥古城は、明の時代からの城郭都市がそのままの形で残っている貴重な町なのです。
麗江(リジャン)旧市街は、中華人民共和国雲南省北西部の横断山脈南方、長江上流金沙江の屈曲部付近の谷に位置していて、街の周りを丘に囲まれている麗江市の旧市街地です。
安徽(エンフィ)南部の古村落−西逓(シーディ)・宏村(ホンツゥン)は中国(中華人民共和国)の安徽省は黄山の麓、黒多県の明時代のものが29棟、清時代のものが3600棟あまりも残っている古民家群で、北宋時代に形成された祠堂、牌楼、古民家などの建築群3600棟がほぼ完全に保存されており、2000年にユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されました。
頤和園の総面積は290haで、仁寿殿を中心とする政治活動区、玉瀾堂、楽寿堂などの皇帝の生活区、そして昆明湖と万寿山からなる風景遊覧区に大別されます。
黄山(ホワンシャン)は、中国の東部に位置する安徽省の複合遺産です。黄山では、雲谷、玉屏、太平といったケーブルカーが設置され、観光客には便利になっています。
峨眉山は五台山、天台山と並ぶ中国国内の仏教聖地の一つで、中国三大霊山や中国四大仏教名山の一つに挙げられています。 また、この地域一帯が聖地とされていたことから、大規模な開発がされず、地域の自然が非常によい状態で保たれています。
莫高窟(ばっこうくつ)は中華人民共和国甘粛省敦煌市の近郊にある仏教遺跡です。 現在までに2400体以上の塑像と合計4500uの壁画が発見されています。 建造時代によって、窟の構造、仏像の顔とポーズ、また壁画のテーマはそれぞれ違っています。
ラサのポタラ宮の歴史的遺跡群は、中国、チベット自治区、ラサにあります。ユネスコ世界遺産に登録された建造物は、1994年にポタラ宮が登録され、2000年にトゥルナン寺(ジョカン、大昭寺)が拡大登録され、2001年にノルブリンカが拡大登録されました。
都江堰(デゥジャンイェン)水利(灌漑)施設は四川省の省都である成都から西北に約60キロメートルの都江堰市の西に位置しています。
紀元前221年、秦によって統一された中国ですが、その第一代皇帝である始皇帝の墓が「秦の始皇帝陵」です。
以来、歴代王朝により長城は増築、改築が繰り返され、明代後期の後1600年頃に、ほぼ現在の形になりました。およそ2000年に及ぶ長城建設歴史は、常に北方辺境での戦争を繰り返してきた中国の王朝史を象徴しています。
北京原人遺跡は、周口店(チョウコウティエン)の北京原人遺跡 は、旧石器時代の貴重な資料として、生物の進化や人類文化について貴重な資料として世界遺産登録されました。
その甲骨文字が発掘されたのがここ殷墟なのです。この甲骨文字が刻まれた骨は漢方薬店で売っていた龍骨(漢方薬の一種である骨)を発見したことから始まります。
苑景区は,湖州区,平原区,山併区それぞれに分かれています。8つの寺は、溥仁寺,溥善寺,普楽寺,安達廟,普寧寺,須倆福寿之廟,普陀宗乗之廟,殊像寺です。
北朝鮮の主な高句麗壁画古墳には安岳3号墳、徳興里古墳、修山里古墳、江西大墓などがありますが、これらの古墳壁画のなかには明日香村の高松塚古墳壁画との関連を指摘されるものもあり、古代日本に与えた影響も見逃せません。
【テキシュ廟】12世紀のホラズム・シャー、テキシュの墓廟。【テュラベク・ハヌム廟 】クトルグ・ティムールの夫人テュラベク・ハヌムの墓廟。旧ウルゲンチで最大の建造物。
国立歴史文化公園”古代メルフ”は、「古都メルブ」州立歴史文化公園や、メルブ遺跡とも和訳されることがあり、トルクメニスタンでは、マルイとかマリイと呼ばれています。
日光の社寺は,二荒山神社,東照宮,輪王寺の「2社1寺」と呼ばれています。三代将軍家光によってさらに本殿や諸社殿が建築されました。三代将軍徳川家光の霊廟である大敵院霊廟が建築されて徳川幕府の崇拝の対象となっていました。
原爆ドームは、広島市内にある文化遺産で、負の遺産と言われます。原爆ドームは、広島市を含め多くの人の協力で、爆発の直後よりそのままに保たれています。
古都京都の文化財Historic Monuments of Ancient Kyotoの世界遺産群は、賀茂別雷神社 (上賀茂神社)・賀茂御祖神社 (下鴨神社) ・教王護国寺 (東寺) ・清水寺 ・延暦寺 ・醍醐寺 ・仁和寺 ・平等院 ・宇治上神社 ・高山寺 ・西芳寺 (苔寺) ・天龍寺 ・鹿苑寺 (金閣寺) ・慈照寺 (銀閣寺) ・龍安寺 ・西本願寺 ・二条城 からなります。
厳島神社は、広島県の瀬戸内海に面した宮島にある神社で、日本三景の一つ「安芸の宮島」とも呼ばれる文化遺産です。また厳島神社の平舞台は、海に浮かぶ舞台で「日本三舞台」の一つとなっています。
岐阜県大野郡白川村の白川郷には荻町地区に五十九軒の合掌集落があるのをはじめ、村内全体で百十二軒の合掌家屋があります。荻町集落では茅葺き屋根の葺替えは「組」を単位として「結:ユイ」で行われています。
法隆寺は,世界最古の木造建築物が数多くあります。法隆寺地域は,多数の仏像があり、釈迦三尊像,百済観音像,救世観音像が残されています。
古都奈良の文化財は、奈良市地域に存在する多くの歴史的な寺院などを含む文化遺産です。平城京から始まる奈良時代は、仏教文化が花開き、天平文化が栄えました。東大寺、元興寺、薬師寺、唐招提寺、春日大社、などは今も残る文化遺産です。
島のほとんどが特異な生態系を形成し島固有の生態系〔約40種〕や北限の植物が20種さらに何軒の植物が約140種類も確認されており、このような特異な特性から〔東洋のガラパゴス〕と言われています。、
姫路城は、兵庫県姫路市にある城で松本城・熊本城と合わせて日本三名城のひとつです。白壁の白壁の美しい城であることから、別名、白鷺城とも呼ばれ、「日本一の名城」とも言われています。
神仏習合の山岳霊場として修行の場でもありました。『紀伊山地の霊場と参詣道』は、単なる「社寺と道」ではなく、あくまで『山岳信仰の霊場と山岳修行の道』であり、紀伊山地の自然がなければ成立しなかったといってもいいでしょう。
琉球王国のグスク及び関連遺産群は,沖縄で隆盛を誇った琉球王国の時代の文化遺産です。沖縄本島はかつて中国から大琉球と呼ばれ、台湾は小琉球と呼ばれていました。
原生的なブナ林で占められている区域16,971haが1993年12月に世界遺産として登録されました。白神山地は、世界遺産登録地域の外側にも広大な山林を持ち、通常は、登録地域外も含めて呼ばれる事が多い。
知床は、北海道の東端にある知床半島のことです。冬には、知床の海を流氷が覆いつくします。知床には、シマフクロウや知床スミレといった絶滅危惧種や希少な動植物も生息しています。
カトマンズの谷の主な宮殿・寺院・史跡は、次のとおり。ダルバール広場 ・シヴァ寺院 ・クマリの館 ・パタン ・クリシュナ寺院 ・パタン博物館 ・スワヤンブナート・パシュパティナート ・ボダナート 。
この地域の豊富な生態系、ゾウ、インドサイ、ベンガルタイガー、ナマケモノ、ヒョウや野牛などを密猟者からの保護や違法な移住、密林の伐採などからこの大自然を守るために1984年に世界遺産の登録された。ロイヤル・チトワン国立公園は一般観光客にも解放されておりゾウの背中に乗って密林内を一周することも出来るようになっています。
6世紀頃、その地にマーヤーデビ寺院が建立され、巡礼地として栄えましたが、14世紀の記録を最後に忘れ去られてしまいます。 1997年にユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されています。
サガルマータ国立公園は、ネパール北東部に位置しています。世界最高峰のエベレストをはじめとした、ローツェ、マカルー、チョ・オユーなどの7千から8千メートルクラスの「世界の屋根」と称される山岳地帯を擁する自然遺産です。
そのため、別名バーレーン要塞(バーレーンフォート)とも、ポルトガル要塞とも呼ばれます。つまりカルアト・アル-バフレーンには、4000年もの長きにわたって、幾層もの遺跡が形成されているのです。
シャーリマール庭園は1999年に道路拡張により庭園の貯水池の一部が取り壊された。
モヘンジョダロの遺跡群は、世界四大文明のひとつと言われるインダス文明を代表する最古、そして最大の都市遺跡です。
ロータス城塞 は周囲は5kmもあります。ロータス城塞の内側にはロータス村が存在します。その村の住人は遊牧民で中央アジアからの遊牧部族の侵入を阻止するために作られたはずのロータス城塞を住まいとしています。
タッターの文化財は1647年から1649年にかけて、シャー・ジャハーンの手によって建設されました。また、1461年から1509年にかけてタッターを統治したジャーム・ニザームディーンやムガール帝国の役人の墓もタッターにはあります。
タキシラの各遺跡からの出土品が陳列されています。《タキシラ博物館》入場料 : 大人 4Rs、子供 2Rs。夏の時間(4月1日〜9月30日)08:30〜12:3014:30〜17:30冬の時間(10月1日〜3月31日)09:00〜16:00休館日 : 毎月第一月曜日
タフティ-バヒーの仏教遺跡群とサライ-バロールの近隣都市遺跡群はパキスタンのペシャワール市の北東約50qにあるタフティ-バヒ〔春の王座〕に残る山岳仏教の仏教遺跡群です。近くにあるサライ-バロールにも都市跡にタフティ-バヒーの仏教遺跡群と同様な仏教遺跡群が数多く残されています。
バングラデシュ側はバングラデシュの南西部にありそのほとんどの地域が政府によって保護され広大なマングローブ林は世界最大規模でベンガル湾沿いのガンジス川、ブラマプトラ川、メジナ川流域のデルタ地帯を形成している。
パハールプールの仏教寺院遺跡群とは、バングラデシュ人民共和国のラジシャヒ管区にある仏教寺院のあとのことです。
特徴としては、15世紀トルコ系のウルグ・ハーン・ジャハン王が築いたとされるハーン・ジャハン様式です。ハーン・ジャハン様式は、ムスリム様式とトゥグルク様式が融合したもので、イスラム圏ではみられない、この遺跡だけの独特なものです。
フィリピン諸島の南西に位置する、パラワン島の東の沖合いのスールー海には、大小二つの岩礁を中心として、東南アジア最大のサンゴ礁が広がっています。トゥバタハ岩礁海洋公園は、この環境保全を図るために設けられました。
プエルト・プリンセサ地下河川国立公園は、パラワン島中部プエルト・プリンセサ市から南東約80キロのサバンにあります。プエルト・プリンセサ地下河川国立公園では、地下河川と石灰岩の溶解により形成されたカルスト地形が見られます。
※バロック建築( フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より抜粋)バロック建築は、彫刻や絵画、家具などの諸芸術が一体となった総合芸術となっていることを特徴とする。
ルソン島の北部に位置するビガンはスペインの植民地として16世紀に拓かれた植民地です。 今もスペイン風建築物の町並みが残り、当時の面影を漂わせています。
コルディリェーラの棚田群はフィリピン、ルソン島の北部、南北方向に連なるコルディリェーラ山脈の東側斜面のイフガオ州バナウエにあります。しかしながらこの美しい壮大な棚田群も現在では総合管理の欠如から2001年に危機にさらされている世界遺産に登録もされたものです。
ハロン湾はベトナム北部、トンキン湾北西部にあるさまざまな奇岩が海に突き出した大小3000もの島がが存在するベトナム隋一の景勝地です。
ミーソン聖域はベトナム中部クアンナム省にある古代チャンパ王国の聖なる遺跡です。 ミーソン聖域はサンスクリットによる正式名称をシュリーシャーナバドレーシュヴァラといい、チャンパ王国の宗教(ヒンドゥー教シヴァ派)の聖域であり、聖山マハーパルヴァタを望むクアンナム省ズイスエン県ミーソン圏谷にあります。
フォンニャ洞窟はベトナム最大の洞窟で、2億5千年前に形成されました。 フォンニャ-ケバン国立公園には、哺乳類65種、鳥類260種、爬虫類・両生類75種、淡水魚61種と、植物735種が生息しています。
フエの建造物群は、1802年に国内統一されたのを機にザロン帝こと阮福暎(グエン・フク・アイン)により建てられたベトナム最後の王朝グエン朝(阮朝)の首都して1945年まで繁栄した古都フエの中にある建造物群で、遺産規模は520kmにも及んでいます。フエの建造物群は、ヴェトナム中部、ダナン北西100kmに位置しています。
すなわち、ムル山国立公園という日本語表記も使われることがあります。ムル山は、山頂を含め、カルスト台地となっています。洞窟群にはコウモリやツバメが生息しているのです。
キナバル自然公園は、マレーシア領内ボルネオ島の北部、サバ州にあります。東南アジア圏内では最高峰の標高である4,095メートルのキナバル山を擁すキナバル国立公園は、753平方キロメートルの広さを有します。
オルホン渓谷に遺跡が集中しているのは、オルホン川のたまもので周辺が肥沃な土地であったことから、このステップ地域を巡る遊牧民国家はどこもオルホン渓谷を国の中心としたからです。
割合としてはモンゴルが7割、ロシアが3割となっています。その中には、絶滅危惧種でもある、ユキヒョウ、ユーラシアヘラサギ、アイベックス、インドガン、オジロワシ、オオハクチョウなどがいます。
エル・カズネの先に建ち並ぶ、さらに多くの岩肌を掘った荘厳な宮殿も、霊廟(れいびょう)として霊などを祀るために造られたとされる説もあり、ペトラの一番奥にある、高さ45m、奥行き50mもあるエル・ディルも、神殿なのか、霊廟なのかが不明です。
アムラ城とは、カスル・アムラとも呼ばれる、ヨルダンにある浴場施設を中心としたウマイヤ朝時代の城館遺跡で、クサイル・アムラとも呼ばれています。
ヨルダンのラサス地域には、3世紀末のローマ時代から9世紀のイスラム時代初期までの都市遺跡、即ちローマ時代、ビザンチン時代、初期イスラム時代が連続して残っているもので。
ラオス・チャンパーサック県・チャンパーサック郡にあります。この遺産の中心とされるワット・プーもこの時代以降に作られたのではないか、と見られています。
ルアン・パバンの町(ルアン・パバーンの町/ルアン・プラバンの町)は、仏教と人々との融合を目の当たりにできるラオス人民民主共和国の首都ビエンチャンからバスで10時間(北へ400km)行ったところにある古都です。
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この記事のカテゴリーは「イスラエル/世界遺産」です。2007年12月31日に更新しました。
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