トップ > イスラエル/世界遺産 > マサダ

マサダ

世界遺産の中からアジアの世界遺産『マサダ』をご紹介します。アジアには、多種多様の民族、宗教、文化を反映した優れた文化遺産や自然遺産がたくさん存在しています。
『世界遺産めぐり アジア編』では、アジアの世界遺産を完全収録しています。イスラエルにご旅行の際は、『マサダ』にもぜひご計画されてはいかがでしょうか。


マサダ
Masada
所在国:イスラエル
世界遺産登録:2001年
世界遺産の種類:文化遺産

マサダは、紀元前にヘロデ一族が立て籠もったことで、難攻不落と言われた岩山の頂上にある要塞の遺跡です。

マサダは、イスラエル国のエン・ゲディの南側約25km、死海の西側の絶壁のような岩山の上にあり、その岩山は死海(東)側の高さは400m、麓(西)側の高さは100m、頂上は東西300m、南北600mという菱形をしています。

古代イスラエルの歴史家であるフラウィウス・ヨセフスの『ユダヤ戦記』によりますと、マサダは、紀元後70年にエルサレムがローマ軍の手により陥落しました。
その後も967人のユダヤ人がマサダに立て籠もって抵抗を続けたそうです。

しかしながら、ローマ軍は15000人もの兵士でマサダを包囲し、紀元後73年に陥落したといわれています。

マサダの周辺には、ローマ軍陣営の遺跡が残されています。

^^
~~

この記事のカテゴリーは「イスラエル/世界遺産」です。
関連記事

マサダ

マサダは、古代イスラエルの歴史家であるフラウィウス・ヨセフスの『ユダヤ戦記』によると紀元後70年にエルサレムがローマ軍の手により陥落した後、967人のユダヤ人がマサダに立て籠もりましたが、ローマ軍は15000人もの兵士でマサダを包囲し、紀元後73年に陥落したといわれています。

テル・アビーブのホワイト・シティ-近代化運動

イスラエルの首都イスラエルの西側地中海に面する地域に位置するテルアビブ都市圏はイスラエル最大の都市で、同国の人口(約600万)のおよそ3分の1が集中している。

アッコ旧市街 イスラエル国

そして紀元前16世紀にはフェニキア時代に港湾都市として建設され、繁栄していたといわれています。 5世紀にはアルタクセルクセス王のエジプト遠征の基地でありましたが、後にビザンチン帝国、十字軍、イスラム教徒、オスマン帝国に支配されるという歴史があります。

香料の道−ネゲヴ砂漠都市

ネゲヴ(Negev)はイスラエルの南部地方を指します。 香料の道は紀元前3〜後2世紀にかけ、古代ナバタイ人が地中海沿岸の富裕階級の人々が求めた乳香や没薬を運ぶ際に通過した、ネゲヴ砂漠上の交易路です。(聖書にもこの「ネゲヴの洪水」を扱ったものがあります。)

更新履歴

この記事のカテゴリーは「イスラエル/世界遺産」です。2007年12月31日に更新しました。

この記事のカテゴリーは「モンゴル・ロシア/世界遺産」です。2007年12月30日に更新しました。

この記事のカテゴリーは「インド/世界遺産」です。2007年12月29日に更新しました。

この記事のカテゴリーは「ベトナム/世界遺産」です。2007年12月28日に更新しました。

サイト内検索

スポンサードリンク

カテゴリー